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運命の赤い糸

人の出会いは不思議なものです。
江原啓之さんは、人の縁は生まれる時に運命付けられているといいます。

貴方と貴女は出会うべくして出会っています。
ただ、それに気付いていないだけです。

復縁の記憶

私の家内は小学校からの幼なじみです。いつのまにか結婚していて、いっしょに暮らしているという実感しかないのですが、思い返すと、2度復縁をしていることに気が付きました。

1度目は高校3年の時・・・・・
中学までは同じ学校に通い、クラスも3年間同じクラスでした。

高校は別になり、硬派だった私は特に女の子と付き合うことも無く、クラスのマドンナ的存在は単なる「からかい」の対象でしかなかったように記憶しています。

家が近いせいもあり、時々家内とは顔を合わすことがありました。特に付き合うという意識も無く、何となくいっしょにいることがあった、という記憶です。

ところが高校3年の時に、家内から『もう会いたくない』というようなことを言われました。

高校を卒業し、次の人生の選択をしなければならない時期がやってきて、ボンヤリとではあるが、私と付き合っても『たいしていい事がなさそう!』というような感じがあったのでしょう。

『もう会いたくない』と言われて、初めて何ともいえない寂しさを感じました。
どこかずーと遠く、もう二度と会えないところに行ってしまうような、そんな寂しさを感じました。

その寂しさはやがて強い後悔に変わっていきます。
大切なものを失ったような、そんな気持ちが強くなっていきました。

しかし、その頃は大学受験を控えサボっていたツケを取り返す為に、毎日ねじりハチマキでしたから、その思いを心の奥にしまいこみ、短い時間を受験勉強に没頭していました。

やがて、受験も終わり、遊んでばかりいた高校時代をあざ笑うように、『サクラサク』の知らせはとうとうくる事はなかったのです。

浪人を決意した私は、仲の良かったクラスメイトである女の子の家に遊びに行き、とりとめも無い話をしていました。その最中に、無性に家内に会いたくなったのです。

その時の気持ちというのは、言葉に出来ません、理屈や論理で説明できるものではなく、あえて表現すると『たましいの叫び』というのでしょうか、不思議な感情の動きでした。

私の行動はそのとおりに進みました。

家内に再会した最初の言葉が『やあ! 落ちたよ!』だったと記憶しています。

その言葉がきっかけで、その後自宅浪人をしていた私を支えてくれたのは家内でした。

1年後、無事念願の大学に合格し、家内が通う大学とは200kmも離れた大学に入学することとなりました。

大学生活は、相変わらず硬派でとおし、空手部活動と夜のアルバイトが4年間の日課でした。
2回目の復縁を経験するキッカケとなったのは、大学3年の時です。

漠然と、大学院に進みたいという思いが出てきました。
何をするというのでも無いのですが、何か掴みきれていないものがあるような気がして、このまま卒業し社会に出ることへの漠然とした不安のようなものを感じていました。

そのことを家内に話すと、しばらく音信不通となり、やがて2度目の『もう会いたくない!』でした。

この時は参りました。
どう考えたらいいのかがまったく分かりません。

夜のバイトが終わると必ず寄っていた、屋台の女将に相談をしてみました。

この女将は、豊かな感性と大きな人間性を持った人で、多くの学生がファンになっていました。

やがて、結論が出ました。
『復縁』です。

そうして、この3年後に私たちは結婚しました。


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